とがみんブログ
大学院の中退を決断し、徹底的に自分と向き合い就職活動をする中で、心理学や脳科学に興味を持つ。挙げ句の果てに、この世界の仕組みにも興味を持つ。そんなとがみんの考えや経験を綴ったブログです。
この世の真理

知られざる天才「ニコラ・テスラ」について

どうも。とがみんです。

みなさん、「ニコラ・テスラ」という人物について知っているでしょうか。

現在の電力システムの基本となる交流電力システムの発明や、世界的に有名な起業家イーロンマスクが率いる電気自動車メーカーの「テスラ・モーターズ」の名前の由来にもなっており、「ニコラ・テスラ」を知っている人は多いかと思うのですが、

マッドサイエンティストと言われるほどの「ニコラ・テスラ」についての謎に関しては、知らない人も多いのではないかと思います。

「ニコラ・テスラ」について、本を読み漁ったり、ネットを通して調べていると、興味深い情報がたくさん出てくるので、この記事でまとめていこうかと思います。

>いまさら聞けないテスラの歴史とイーロン・マスクが目指す未来

ニコラ・テスラとは

交流システムや無線の発明者として、比類なき業績をあげた天才発明家「ニコラ・テスラ」。

「ニコラ・テスラ」の生涯について簡単に書く。

  • 1856年:旧ユーゴスラヴィアのスミリャンに生まれる。
  • 1866年:小学校卒業。実科ギムナジウム入学。
  • 1870年:実科ギムナジウム卒業し、高等実科ギムナジウムに入学。
  • 1873年:高等実科ギムナジウム卒業。コレラにかかり、生死を彷徨う。
  • 1875年:グラーツの工科大学入学。
  • 1881年:ブダペストに行き、中央電信局、その後中央電話局に務める。
  • 1882年:私立公園を散歩中に回転磁界の原理を発見する。パリのコンチネンタル・エジソン社に入社。
  • 1883年:二相交流モーターを製作。シュトラスブルク市長の前でデモンストレーションを行う。
  • 1884年:アメリカに渡り、エジソンの元で働く。
  • 1885年:エジソンの元を去り、協力者を得て、「テスラ電気会社を設立」アーク灯に関する特許を登録。
  • 1886年:会社が倒産
  • 1887年:出資者を得て「テスラ電気会社」を設立。リヴァティ通りに研究所設立。多相交流システムの基本特許「電磁モーター」他を出願。
  • 1890年:高周波交流発電機の特許「交流発電機」出願。電気的共振と同調の原理について研究を深める。高周波交流の熱効果と、その治療的応用について発表する。真空管の研究を深める。
  • 1891年:テスラコイルに関する最初の特許「電気照明システム」取得。アメリカの市民権を得る。
  • 1893年:シカゴ万国博覧会開催。交流・直流論争におけるテスラの勝利。
  • 1895年:火災に会い、研究室消失。
  • 1896年:オートマトン、テロートマトンの研究完成。
  • 1897年:無線システムの基本特許「電気エネルギーの送信システム」「電気エネルギーの送信装置」出願。「電気変成器」(テスラコイル)の特許取得。
  • 1898年:オートマトン、テロートマトンの基本特許「移動する船艦のメカニズムを制御するための装置及び方法」取得。
  • 1899年:ニューヨークからコロラドスプリングスの研究所に移る。観測により地球が帯電体であることを確信。無線に関する特許、「自然の媒体を通じて送られる効果を増大し、利用する方法」を出願。地球定常波を発見。
  • 1900年:拡大送信機の実験中に「火の玉」を観察。無線送電に関する特許「自然媒体を通じた電気エネルギーの送信技術」出願。J・Pモルガンと出会い、資金援助を受ける。
  • 1901年:ロングアイランドに無線送電塔建設開始。
  • 1902年:ケルビン卿来米。テスラの火星通信を支持。研究所をワーデンクリフへ。
  • 1903年:モルガンからの資金援助打ち切り。
  • 1905年:ワーデンクリフ研究所閉鎖。
  • 1914年:「自然媒体を通じた電気エネルギー送信技術」の特許承認。
  • 1917年:エジソン・メダル受賞。ロングアイランドの無線送電塔破壊される。無線誘導ミサイルの構想を発表。
  • 1928年:垂直離着陸機「空飛ぶストーブ」の特許「空中移動の方法」出願。
  • 1943年1月7日:ニューヨークで没。

幼い頃から幻覚に悩まされていた。

ニコラ・テスラは幼い頃から幻覚に悩まされており、何かの対象について考えた途端、その物体が目の前に出現するとのことだった。

物体は確かな量感、質感を備えていたために、それが本物かどうかを他者に確かめなければならないほどだった。

しかし、この能力によって、与えられた数学の問題に対して、頭の中の黒板に必要な計算と記号がたちどころに出現し、正答をすぐに発見することができた。また、自分の頭の中に思い浮かんだアイデアを頭の中で構築しシュミレーションをしてから作成していたため、設計図を書かなかったこともあると言われている。

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エジソンとテスラの直流交流対決

1884年、アメリカへの移住、大発明エジソンの会社で働くようになる。

この時すでに、ニコラ・テスラの頭の中には交流システムのアイデアがあったが、当時直流による電力事業を展開する社内で交流による電力事業を提案し、エジソンと対立して1年ほどで失職する。

その後、ニコラ・テスラは独立してテスラ電灯社(Tesla Electric Light Company)を立ち上げ、交流電流の優位性を訴えることになる。このニコラ・テスラとエジソンの対立は「電流戦争」と呼ばれ、最終的にはコスト面と安全面で優れていた交流電流を支持したニコラ・テスラが勝利した。

高周波高圧電流の解明

テスラが交流電流の次に目標に定めたのは、高周波高圧電流の解明である。

テスラはニューヨークに第二の研究所を設立し、研究に取り組んだ。

まず取り組んだのは高周波を生み出す電源の開発で、共振変圧器「テスラコイル」と呼ばれるものである。

ニコラ・テスラが真っ先に思いついた応用は真空放電を利用する照明装置だった。

真空放電とは、ガラス管に電極を入れ、管内の空気を抜いて電圧をかけると、管内が美しく輝きだす現象のこと。

これが、今の蛍光灯に応用されている。

そして、電流の大気中への誘導実験の原理をもとに、地球全体をオーロラのように輝かせる「地球照明システム」を提案した。

また、同時期に、コイルをある波長の電波に同調させると、別のコイルがこの波長かその倍音に同調して、反応するという現象を発見した。

地球コンデンサー構想

電線を使う有線通信は効率が悪く、辺境や僻地、海底などでの建設が容易でない。全て無線にすれば、瞬時のうちに世界中に情報や電力を送信できるようになるだろう。そして、地球の電気的条件に干渉することで信号や電力を送信できるとテスラは確信していた。

テスラは、地球も大きな導体であり、大気の絶縁層、その上層のイオン化層と組み合わせで、一つの巨大なコンデンサーを形成していると考えた。

この「地球コンデンサー」に高周波の電流を送り込むと、電極間の静的なバランスが崩れて大気上層に電磁波が誘導される。あとはこの電磁波に情報を載せて送信すれば良いというわけである。

現在の無線通信の空気中を通じて送受信する方法ではなく、大気圏を含む全体を媒体とする通信だった。

そして、無線通信の技術の完成間近に悲劇が起こった。

研究所消失の悲劇

無線通信の技術の完成間近の1895年3月13日の深夜にテスラの研究所が入居するビルで火災が発生。装置も備品もことごとく破壊され、テスラの業績を証明する実験記録、論文、記念碑も全て失われてしまった。

保険もかけていなかったので、資金がほとんど残っていなかった。

そんな中、大投資家J・P・モルガンとエドワード・D・アダムスから資金の援助を受けた。

そして、新しい研究所を建てた。

それから、発明の絶頂期にあったテスラは、複数のアイデアを同時並行的に探求していた。

無線だけでも、無線電信、無線電話、写真伝送、無線電力伝送と盛りだくさんであるが、他にも振動工学、ロボット技術、自動車、航空機工学、自然エネルギーの探求までと多彩だった。

ニューヨーク大地震・地球二分割破壊法

ニコラ・テスラは研究所の建物を貫く鉄柱に機械振動子を取り付けて、共振の実験に取り掛かった振動子が稼働して間もなく、所内の装置がしだいに激しく揺れ始めたが、テスラは共振の証拠とそのまま続けた。ところが、研究室の外では、地震のような揺れが建物を襲い、大騒動になっていた。

テスラは研究所周辺よりも、遠方の方が揺れが激しかった理由は、「共振」にあると考えた。外部からの力で振動させられた物体の振動数が、物体の固有振動数と一致して大きな振動が起こる現象を指す。

テスラはこの「共振」を地球的規模にまで拡大すれば、地球をまっぷたつにできると主張した。

彼の説によれば、地球は絶えず膨張と収縮を繰り返しており、その振動周期はおよそ1時間49分である。もし、地球が収縮し始める瞬間に爆薬を爆発させると、収縮は増幅され、1時間49分後に増幅波が返ってくる。これが収縮波に転じる瞬間に、また爆薬を爆発させて増幅させる。これを繰り返していけば、やがて地球はまっぷたつに割れるというのである。

彼は地球を二分割するには数ヶ月から一,二年要するが、地殻を上下させて文明を破壊させるぐらいなら数週間で可能だと豪語した。

>ニコラ・テスラ秘密の告白

世界システムの夢と挫折

1899年、テスラは無線システムの完成を信じて、高周波発振器による実験を続けていた。研究所をコロラドスプリングスに移し、規模の大きなテスラコイルを作成し、最大1億ボルト、30万ヘルツ以上の高周波電流を発生させる目論見でいた。

それによって、無線に必要な大電力送信機、送信エネルギーの個別化技術、絶縁技術、地球と大気を通じた電流の伝搬技術などを確立しようとした。

そして、いよいよ最大規模の実験が敢行されることになった。

しかし、この実験による大電力の負荷に発電所の機械が耐えきれず、燃え出してしまった。

そして、コロラドスプリングス全域が停電になり、それ以降、研究所への送電は完全に停止されてしまった。この夜のような大規模な実験は二度と再現できなかった。

しかし、実験は続行され、多くの発見をした。

その一つは、増幅発信機が周囲の空気を冷却して人工的な霧を発生させるという発見である。テスらは、これを砂漠を潤す人工降雨技術に応用できると考えた。

テスラ は、コロラドスプリングスの実験に基づく大論文を書き上げ、無線による電力の送電システムと情報の伝達システムの技術を合わせて「世界システム」と名付けた。

そして、その論文を読んで深く感銘を受けた大投資家「J・P・モルガン」の支援を受けて、いよいよ世界システムの施設建設に着手した。

>ウォーデンクリフ・タワー

しかし、最終的に資金が底をつき、負債だけが膨らんでいき、1906年、万策尽きたテスラは、その大計画を挫折した。そして第一次世界対戦中に解体されてしまった。

殺人光線に対する噂

第一次世界大戦後、イギリスの科学者が飛行機を一瞬で撃ち落とす光線を発明したというニュースが伝わり、騒ぎになった。

この騒ぎに対して、コロラドスプリングスの地方紙が話題の殺人光線の発明者は、他でもない、25年も前に当地で放電実験を行なったテスラ博士ではないかと。

沈黙を保ったテスラ だったが、10年後、新聞を通してこんな構想を語った。

自分が目下開発中の防御兵器は、あらゆる種類の放射能発生装置である。開発には大規模な施設と、二百万ドルの建設費用がかかるが、完成すれば「大国であろうと小国であろうとあらゆる国を、軍隊や航空機その他攻撃方法に対して難攻不落」にし、「二百マイル(約320km)以内に近づいたものは、人であれ機械であれ、全てを破壊する」ことが可能になる。同時に、それは全ての攻撃をはね付ける「力の壁」ともなるはずだ。

と。

この発表を受けて各紙一斉にテスラが殺人光線研究中と書きたてたが、テスラはそれが殺人光線であることを否定した。

二百マイル以内に近づいたものを全て破壊する力の壁については、定常波を利用した攻撃・防御兵器とされ、現代では「テスラ シールド」や「スカラー兵器」と呼ばれている。

テスラはこの後晩年にかけて、新聞記者を相手にこうした発明を飽きずに語るようになる。その頃発表されたアイデアについて音声タイプライターや思考をイメージとしてスクリーンに投影しようという思考テレビなどがある。

失われた論文問題

テスラが書いてきた論文は膨大であり、研究所やオフィスには収集しきれなくなり、ホテルの金庫や、マンハッタンの保管金庫に分散して預けるようになった。

テスラは生前、親しい者に自分の論文や草稿の類は80個のトランクに収めて、ニューヨークの市内の異なる場所に保管していると述べている。

また、真に重要な論文はホテルの金庫に保管しているとも漏らしていた。

テスラの論文を巡る動きは、第二次世界大戦の前になると急に活発になった。

発明家の周囲に旧ソ連やナチスドイツから誘いがあったもののどちらも拒否したとのこと。

大戦に備えてテスラの超兵器を獲得し、同時に敵国の手に落ちるのを防ぐことが目的だった。

アメリカでは、初代FBI長官J・エドガー・フーヴァーはニューヨーク在住のエージェントに発明家の監視を命じた。

そんな背景があって、テスラの死が伝わると、論文の盗難を恐れたテスラの甥のコサノヴィッチはテスラの部屋に直行し、金庫の中を確認したが、エジソンメダルや写真等記念品が数点あっただけで、論文の類は影も形もなかった。

この話が広まるうちに、様々な憶測や推測が生まれていった。

ニコラ・テスラに纏わる都市伝説

反重力システム

ニコラ・テスラは反重力システムも構想していたと言われている。反重力とは、物質・物体に加わる重力を無効にしたり、調節したりするとされる技術のこと。

1910年には反重力装置を搭載した航空機の考案、開発を始めており、大量の電気を使うことで物体を持ち上げることができることを発見。そして、ワイヤレス送電から受け取った電力で飛行でき、翼も燃料もいらない航空機を作ることが可能だと話していたのだそうです。

フィラデルフィア事件

テスラ・コイルに纏わる都市伝説として、フィラデルフィア事件というものがある。

当時のアメリカはレーダーに映らないステルス戦闘機の研究(レインボープロジェクト)を進めており、

この実験は1931年、ニコラ・テスラが設立したと言われるレインボープロジェクトの一環だった。

そして、1943年10月28日、第二次世界大戦の最中、その一環としてテスラコイルによる軍艦の地磁気消滅実験が行われたのだが、

テスラコイルを起動すると計画通り、戦艦はレーダーから姿を消したのだが、戦艦自体も姿を消してしまったとのこと。

戦艦は2500kmも離れた海域、ノーフォークに瞬間移動し、数分後元いた場所フィラデルフィアに姿を現したのだと。

驚いた研究者たちが船内を調べると、そこには、壁に埋め込まれてしまった者、炎に包まれた者、凍りついた者、中には完全に消えてしまった者もいたとのこと。

この都市伝説はカルロス・マイケル・アレンでという人物からの告発の手紙が送られたことで世界中に知られるようになったとのこと。

これに対してアメリカ海軍は、実験に使われたとされている戦艦が実験海域に滞在した記録はないと発表しているそうです。

>フィラデルフィア計画の真実…フィラデルフィア実験の真相をさぐる

>瞬間移動の恐怖「フィラデルフィア実験」

殺人光線兵器と原爆

1934年7月、ニコラ・テスラが78歳の時に、殺人光線兵器を開発し、米大統領ルーズベルトは第二次世界対戦でアインシュタインの原爆とテスラの殺人光線兵器のどちらを使うか迷った結果、原爆を日本に落とすことを決めたという話もあります。

ニコラ・テスラが残した言葉

ニコラ・テスラが残した言葉をいくつか紹介する。一体ニコラ・テスラはこの世界をどのように認識していたのだろうか。

If you want to find the secrets of the universe, think in terms of energy, frequency and vibration.

もし、宇宙の秘密を知りたければ、エネルギー、周波数、振動の観点から考察せねばなるまい。

I don’t care that they stole my idea . . I care that they don’t have any of their own

私のアイデアを盗まれても気にしない。むしろ、彼らが自分自身のアイデアを持ち合わせていないことを気にする。

My brain is only a receiver, in the Universe there is a core from which we obtain knowledge, strength and inspiration. I have not penetrated into the secrets of this core, but I know that it exists.

私の頭など受信機に過ぎない。宇宙には、知識と力と閃きの源がある。私はまだその秘密に到達したことがない。しかし、私はそれが存在することを知っている。

What we now want most is closer contact and better understanding between individuals and communities all over the earth, and the elimination of egoism and pride which is always prone to plunge the world into primeval barbarism and strife… Peace can only come as a natural consequence of universal enlightenment

我々が現在最も求めるものは、世界中の個人と地域社会との親密な関係とより良い理解であり、世界を原始的な野蛮さや争いをもたらすエゴとプライドの排除である。平和は普遍的な悟りの自然的な帰結によってのみもたらされる。

Invention is the most important product of man’s creative brain. The ultimate purpose is the complete mastery of mind over the material world, the harnessing of human nature to human needs.

発明は、人間の創造的な脳の最も重要なものである。発明の究極の目的は自然を人類の必要に役立てながら、物質世界を超える精神の完全なる支配を得ることである。

What one man calls God, another calls the laws of physics

あるものが「神」と呼ぶ存在は、別の者が「物理法則」と呼ぶ。

If you only knew the magnificence of the 3, 6 and 9, then you would have the key to the universe.

3,6,9の重要性に気づけば、その時、宇宙の鍵を知ったことになるだろう。

instinct is something which transcends knowledge. We have, undoubtedly, certain finer fibers that enable us to perceive truths when logical deduction, or any other willful effort of the brain, is futile.

直観は、知識を超越する。われわれは疑いなく、真理を把握するすばらしい神経組織を脳内に備えている。そのとき、論理的な推論とかの意思的努力は取るに足らないものとなるのである。

Genius is 1 percent inspiration and 99 percent vain effort.

天才とは 1%のひらめきと99%のむだな努力である。

>ニコラ・テスラ 名言/格言

>ニコラ・テスラの名言

>Nikola Tesla > Quotes

まとめ

「ニコラ・テスラ」について紹介しました。

「ニコラ・テスラ」に関してはまだまだ謎が多い人物で非常に面白い。

まだまだ研究したい人物の一人なので、これからもどんどん本を読み漁っていこうかと思います。

>今さら聞けないニコラ・テスラ!マッドサイエンティストの逸話と真実

>天才発明家ニコラ・テスラ~驚異の発明の裏に見え隠れする宇宙人の存在~

>Nikola Tesla’s Antigravity UFO:What happened his greatest Invention

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